大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和55年(う)453号 判決

主文

一、原判決中、被告人今井貞吉、同宮内昭行、同直井清及び同岩川正雄の各有罪の部分を破棄する。

二、被告人宮内昭行を懲役六月に、同岩川正雄を懲役四月にそれぞれ処する。

被告人宮内昭行に対し、原審における未決勾留日数中五〇日をその刑に算入する。

右被告人両名に対し、いずれもこの裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。

被告人岩川正雄から金一、九二三万八、〇〇〇円を追徴する。

三、被告人宮内昭行に対する本件公訴事実中、原判決別紙(被告人らに対する本件各公訴事実)記載の第一四の別表(一四)の番号2ないし14(原判決罪となるべき事実第三の別表(ハ)の番号2ないし14)の各事実及び被告人岩川に対する本件公訴事実中、原判決別紙(被告人らに対する本件各公訴事実)記載の第一六の二の別表(一六)の二の番号1ないし9(原判決罪となるべき事実第七の一の別表(ト)の番号1ないし9)の各事実については、同被告人らはいずれも無罪。

被告人今井貞吉及び同直井清は、いずれも無罪。

理由

凡例

左の上段の表示は下段の略語である。

原判示第三の別表(ハ)の番号1 別表(ハ)の番号1}…原判決罪となるべき事実第三の別表(ハ)の番号1

公訴事実第一四の別表(一四)の番号1 別表(一四)の番号1}…原判決別紙(被告人らに対する本件各公訴事実)記載の第一四の別表(一四)の番号1

検面調書(43・1・18)…検察官に対する昭和四三年一月一八日付供述調書

員面調書(44・2・16)…司法警察員に対する昭和四四年二月一六日付供述調書

キロ…キログラム

(株)…株式会社

本件各控訴の趣意は、被告人今井については弁護人中坊公平及び同谷澤忠彦(以下中坊弁護人らという。)共同作成の、被告人宮内については弁護人中藤幸太郎及び同辻内隆司(以下中藤弁護人らという。)共同作成の、被告人直井及び同岩川については弁護人大槻〓馬作成の各控訴趣意書(被告人宮内については中藤弁護人ら共同作成の同補充書を含む。)記載のとおり(ただし、大槻弁護人は、当公判廷において、右控訴趣意書各論第一点の関税賍物性認定の誤をいう点は、原判示第七の別表(ト)の番号12の事実に関しては主張しない旨釈明した。)であり、これらに対する答弁は、検察官浅井昭次作成の答弁書及び同補充書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

一  中藤弁護人らの控訴趣意第一点中理由不備の主張について

論旨は要するに、原判決が、(イ)一方で、金地金が、税関の許可を受けないで輸入したもの(以下関税賍物という。)であること(以下関税賍物性という。)を認定するためには、金地金中に外国製であることを示す刻印が存し、若しくはこれが存した形跡の明らかなことを要する旨判示しながら、(ロ)他方で、原判示第三の別表(ハ)番号1の金地金については、原審相被告人劉松舟、同西依傳及び被告人宮内の各検面調書によつては右の要件を充たすことが認められない旨判示しているのに拘わらず、結局本件金地金の関税賍物性を認定し、また、原判示第三の別表(ハ)の番号2ないし14の各金地金については、右要件があるとは認められないと判示しているのに拘わらず、結局本件各金地金の関税賍物性を認定しているのは、その理由にくいちがいがあるというのである。

そこで、記録を検討すると、所論(ロ)の原判示第三の別表(ハ)番号1については、原判決は、一応所論のような判示をしているけれども、続いて、その他の証拠を総合すると、本件金地金にジヨンソンマツセイの刻印があつたことが認められる旨判示しているものと解されるので、所論指摘の原判示に理由のくいちがいがあるとはいえず、また、所論(イ)の原判示は、判示自体からも明らかなように、情況証拠により金地金が密輸金である疑いが濃厚であつても、回収金のような正規金が混入しているかも知れない疑いが残る場合には右要件が必要であることを判示したにとどまり、証拠により右のような疑いがない場合にも右要件を必要とするとしたものではないと解すべきところ、所論(ロ)の原判示第三の別表(ハ)の番号2ないし14の各金地金については、正規金が混入する蓋然性が極めて薄いと認められるから、右(イ)の要件の存在が確認されたか否かを問わず、その関税賍物性が認定できるとしたものであつて、所論指摘の原判示に理由のくいちがいがあるとはいえない。論旨は、理由がない。

二  中藤弁護人らの控訴趣意第二点について

論旨は要するに、(イ)関税賍物を善意で取得した者があるときは、以後その物は関税賍物性を失うのであり、また、密輸本犯につき公訴時効が完成したときは、その後関税賍物を買受けた者の責任に影響があるところ、(ロ)本件金地金が密輸品であるとしても、密輸犯人は不明であつて、その公訴時効完成の有無が不明であり、また、関税賍物とされる金地金の密輸本犯から被告人の取得までの流通経路も不明であつて、善意取得者の中間介在の有無が明らかでないのに、原審がこれらの点につき審理を尽さず、原判決もこれらの点について触れていないのは、審理不尽により理由不備の違法を犯したものであるというのである。

しかし、後に判示するように、所論の右(イ)の見解は採ることができないものであるから、原審の審理不尽をいうのは相当でなく、また単に構成要件事実の否認にすぎないこれらの主張につき原判決が判断を示さなかつたからといつて、理由不備とはならない。論旨は、理由がない。

三  各控訴趣意中事実誤認の主張について

(一)  中藤弁護人らの控訴趣意第一点の三の1の(四)及び2、第二点及び第三点中被告人宮内の原判示第三、中坊弁護人らの控訴趣意の被告人今井の原判示第五並びに大槻弁護人の控訴趣意各論第一、第二及び第四点の被告人直井の原判示第五及び被告人岩川の原判示第七の一の各事実に関する主張について(原判決図表G関係)

各論旨は要するに、原判決は、原判示第三、第五及び第七の一のとおりの事実を認定し、有罪及び無罪の理由第七の一の(一)において、前記劉のあつせんにより何智育から取得した被告人宮内の別表(ハ)の番号5及び6の各金地金は被告人岩川へ(それぞれ別表(ト)の番号1及び2)、同被告人宮内の別表(ハ)の番号7の金地金は被告人直井及び同今井(以下二名合わせて直井らという。)(別表(ホ)の番号1)並びに被告人岩川へ(別表(ト)の番号3)、同被告人宮内の別表(ハ)の番号8の金地金は被告人直井ら(別表(ホ)の番号2)及び被告人岩川へ(別表(ト)の番号4)、同被告人宮内の別表(ハ)の番号9ないし11及び12の一部の各金地金は被告人岩川へ(それぞれ別表(ト)の番号5ないし8)、同被告人宮内の別表(ハ)の番号13の金地金の一部は被告人直井らへ(別表(ホ)の番号3)、同被告人宮内の別表(ハ)の番号14の金地金は被告人岩川へ(別表(ト)の番号9)、それぞれ転売された旨認定しているが、本件各金地金の取引経路を右のように認定したこと並びに右各金地金の関税賍物性及び被告人らのこの点の知情につき積極に認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を犯したものであるというのである。

そこで、所論にかんがみ、記録及び原審証拠を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ検討すると、

1  まず、被告人宮内の別表(ハ)の番号1につき、本件金地金の買受先、関税賍物性及び被告人のこの点の知情の点について考えると、

(1) 原判決は、原判示の有罪及び無罪の理由第七の一の(二)において、被告人宮内の検面調書(43・1・18)、石原瑞の原審第二二回公判期日における供述、右劉の検面調書(43・3・15)並びに右西依の検面調書(43・2・17)及び原審第一九回公判期日における供述等を仔細に検討したうえ、これらを総合し、さらに、右劉の検面調書(43・2・20)並びに同人の原審第五六回及び第六三回各公判期日における各供述によつて認められる本件金地金の入手状況をも併せ考え、本件金地金が、右劉のあつせんにより洪秀芬から買受けたものであつて、ジヨンソンマツセイ一キロ鈑であると認定できる(右金地金にジヨンソンマツセイの刻印が存したことを認めたものと解される。)旨判示しているが、所論を考慮しても、右事実認定を肯認することができる。そして、右事実によると、原判決が本件金地金の関税賍物性を認めたのは正当である。

右の判断につき、補足説明すると、

(イ) 原判決は、有罪及び無罪の理由第一の二において、詳細な理由を付して、金地金中に回収金のような正規金が一部混入しているおそれがある場合には、その金地金の関税賍物性を認めるためには、その金地金に外国製であることを示す刻印が存し、若しくはこれが存した形跡が明らかなことを要し、右とその金地金の具体的な取引事情とを合わせて右関税賍物性を認定することができる旨判示しているが、右は正当として是認でき、原判決は、本件の金地金につき、右の見解に従つて関税賍物性の認定をしたもので、正当と認められる。所論第一点の三の1の(四)は、原判示の右見解は、大阪高等裁判所昭和四四年七月一〇日判決(刑事裁判月報一巻七号七二九頁)の判旨に反する旨主張するが、右判例は、本件と事案を異にし、適切でないから、所論は採用できない。

(ロ) 所論第三点の一の2は原審において無罪とされて確定した公訴事実第一四の別表(一四)の15と対比して、原判示の右事実認定を非難するが、右両者の間には、取引事実の特定の有無及び金地金の刻印の有無について差異があることに照らして、所論は採用できない。

(ハ) 大槻弁護人の控訴趣意各論第一点の(四)は、原判決が金地金の密輸入の事実が不明であるのに、その関税賍物性を認めたのは、東京高等裁判所昭和四二年五月二五日第八刑事部判決の趣旨に相反する判断をしているというのである(被告人直井及び同岩川についてのものであるが、便宜ここで判断する。)が、所論指摘の判例の事案は、所定証紙の貼付を欠く、禁輸品でない外国製時計の関税賍物性につき争われた事案であつて、本件当時、金地金の民間輸入が許可されていなかつた状況の下で、金地金自体に外国製であることを示す刻印があるかどうかが問題とされた本件とは事案を異にし、適切な判例とはいえないので、所論は採用できない。

(ニ) 大槻弁護人の控訴趣意各論第一点の(二)は、税関において景福金の払下げがなされたことが原審証人香取栄一の尋問調書によつて明らかであるから、原審は、税関における払下金の数量を調査したうえでなければ右(イ)の原判示の判断の正当性を認めることはできないのに、右調査をせずに、原判決において、右(イ)の原判示の見解に従い、金地金に外国製刻印のある限り、その関税賍物性を認定できるとしたのは、審理不尽による事実誤認を犯したものであると主張する(被告人直井及び同岩川についてのものであるが、便宜ここで判断する。)が、所論指摘の右尋問調書によれば、昭和三〇年代に税関で景福金五〇匁棒一、二本を入札の対象にしていたことがあつたが、それは極めて少量であつたことが認められ、また、原審証人斉藤春夫の尋問調書によれば、本件当時は、税関で通告処分により没収した金地金は、すべて、そのままで直接民間へ流れることはなく、貴金属特別会計で買上げたうえ、造幣局で熔解して一五キロのインゴツトとし、造幣局の刻印を付していたことが認められるのであつて、これらの事実に徴すると、原審が税関における払下金の数量を調査することなく関税賍物性を認定したからといつて、所論のように審理不尽による事実誤認があるということはできないので、所論は採用できない。

(ホ) 所論は、関税賍物性につき前判示二に記載したような主張をし、また、大槻弁護人の控訴趣意各論第一点の(三)も、密輸本犯についての公訴時効の完成や善意取得者の中間介在によつて関税賍物性が失われることからしても、原判決が金地金の密輸入の本犯並びに密輸の時期及び場所等の立証なくしてその関税賍物性を認定したのは、事実を誤認したものであると主張する(被告人直井及び同岩川についてのものであるが、便宜ここで判断する。)が、被告人宮内の別表(ハ)の番号1の金地金が香港に直結する洪秀芬から被告人宮内が入手したと認められる以上、そこに善意取得者が介在する余地があるとはまず考えられないのみならず、刑法上の賍物に関する罪にいう「賍物」は、同罪が被害者の財産権の保護を目的とするものであることに照らし、財産罪たる犯罪行為によつて領得された財物で、被害者において法律上の追求権を有するものをいうというべく、したがつて、即時取得等によつて右財物に対する被害者の法律上の追求権が消滅すれば、おのずからその賍物性は失われるのに対し、関税法一一二条三項の罪(以下本罪という。)は、国家の徴税権を確保するため、密輸入等の行為を誘発、助長し、又はその実行を容易ならしめるおそれのある一切の行為を排除しようとするものであることに照らすと、密輸本犯によつて本邦内に密輸入されることによつて帯有するに至つた関税賍物性は、刑法上の賍物性とは異なり、その流通過程に善意取得者が介在したとしても、そのことによつてその存在に何ら消長を来すいわれはないといわなければならず、また、本罪は、同法一一一条一項の犯罪の予防を目的とするものであるが、同罪の従犯ではなく独立罪として規定されていることにかんがみると、いわゆる密輸本犯に対する公訴時効の完成は、何ら本罪の成立に消長を来すものではないというべきであるから、原判決が所論のように関税賍物性を認定したからといつて、審理不尽による事実誤認があるとはいえないので、所論は採用できない。

(2) つぎに、被告人宮内の本件金地金の関税賍物性についての知情については、原判決が有罪及び無罪の理由第一一にこれが認められる旨判示するところは肯認することができ、とくに、本件金地金には外国製であることを示す刻印があり、これを同被告人が確認していることに徴すると、所論を考慮しても、右結論が正当であることは明らかである。

2  被告人宮内の別表(ハ)の番号2ないし14、被告人直井らの別表(ホ)の番号1ないし3及び被告人岩川の別表(ト)の番号1ないし9につき、まず、本件各金地金の取引経路並びに右各取引の金地金の関税賍物性の点について考えると、原判決は(イ)原判決挙示の関係各証拠によつて別表(ホ)及び同(ト)の各事実についての前記の原判示の取引経路が認められ、(ロ)また、原判決の有罪及び無罪の理由第七の一の(二)において、被告人宮内の検面調書(43・1・8、43・2・18)、前記劉の検面調書(43・3・15)及び前記西依の検面調書(43・4・2)によつても、本件各金地金にジヨンソンマツセイ等外国製であることを示す刻印が存したものとはにわかに確定できないけれども、(ハ)右劉の原審第五六回及び第六三回各公判期日における各供述並びに検面調書(43・2・20)により認められる本件各金地金の取引経緯に徴すると、同一形状の正規金が混入する蓋然性は極めて薄いと考えられるので、その関税賍物性が認定できるとしている。そして、右(ロ)の認定はこれを肯認することができるので、これを前提として右(イ)及び(ハ)の原判示の判断の当否につき検討すると、原判決が、前記のように、被告人宮内が前記何から昭和四二年六月一八日ころに仕入れた金地金五キロ(別表(ハ)の番号13)の一部であると認定している被告人宮内が被告人直井らに同年同月一九日に売却した金地金三キロ(別表(ホ)の番号3)は、司法巡査大高進作成の昭和四三年二月九日付日誠金属興業(株)の金地金売買一覧表謄本(原審記録六四分冊七一二丁以下)と右一覧表の基礎とされた、被告人直井が代表取締役である同会社が、昭和四二年六月一九日今井金属(株)名義で被告人宮内から地金三キログラムを仕入れている旨及び同月二一日に郷商事(株)へ電着金二、九五六・二四グラムを売却している旨の各記載がある同会社の元帳(当庁昭和五五年押第二二二号の一一四)等によれば、ピユアメタル(株)で電着金に加工されて郷商事(株)へ売却されており、その数量は二キロ九五六・二四グラムであることが認められ、右事実によると、単純に比率を計算しても、右金地金の品位は九八五・四となるところ、関係証拠、ことに、原審証人山本精一の供述記載(原審記録一〇六分冊二〇丁以下)等によれば、ジヨンソンマツセイ一キロ鈑は、原判示のとおりほぼ九九九・九の品位を有することが認められるから、右取引分の金地金が、ジヨンソンマツセイ一キロ鈑その他これに類する高品位の外国製金地金であつたかどうかは極めて疑わしく、そうすると、右金地金の関税賍物性は認定することができないといわざるを得ない。

ところで、原判決は、被告人宮内が前記何から仕入れたとして起訴された一連の金地金取引のうち、別表(一四)の番号15(別表(一五)の番号9)の取引分については、原判決の有罪及び無罪の理由第七の二において詳しく判示しているように、主として右と同旨の理由により右金地金がジヨンソンマツセイ一キロ鈑であるとは考えられず、関税賍物性が認められないとして無罪とし、すでに確定しているのであるが、右原判示に対し、検察官は、被告人今井の検面調書(43・4・8)謄本添付の一覧表の記載等(原審記録六四分冊八四六丁)によると、日誠金属興業(株)が昭和四二年七月七日ころ取得した金地金五キロは、電着金にしたうえ、郷商事(株)に対し同月一〇日に四キロ六〇四・六グラム、同月一三日に三六八・九九グラムの二回に分けて転売されたものであつて、転売量は合計四キロ九七三・五九グラムとなり、その品位は計算上九九四・七となることが認められ、また、原審証人斉藤春夫の証言によれば、ジヨンソンマツセイにも九九五の品位しか有しないものもあると考えられないわけではない旨主張するが(答弁補充書九丁うら)、被告人直井の原審第五〇回公判調書中の供述記載及び検面調書(43・2・17)を総合すると、右検面調書の本件における実際の目減りは、四四・九グラム位のものである旨の供述記載(原審記録六五分冊一二六九丁)の方が依るべき数字と考えられ、これによると、右金地金の品位は計算上九九一・〇二となり、いずれにせよジヨンソンマツセイ一キロ鈑等高品位の外国製金地金でなかつたのではないかという疑いが極めて強いという結論においては、原判示に誤りはなかつたというべきである。

このように、被告人宮内が前記劉らの媒介あつせんにより、石原瑞と共謀のうえ、前記洪あるいは前記何から仕入れていたとして起訴された一連の金地金取引のうちに、一つならず二つまでも前記のような理由により関税賍物性が認められない事例が存在していることは、単に右二例のみでなく、ひいて、原判決が被告人宮内が前記のように前記劉のあつせんにより前記洪又は前記何から仕入れたと認定している別表(ハ)の番号2ないし12及び14の各金地金の中にも右のような低品位のものがある疑いを生じさせ、実は、別表(ハ)の番号2ないし14の各金地金に右のような経路のものでなかつたものが含まれているか、あるいは、もしこれらが右経路のものであるとすれば、同経路の金地金の中にも前記のような低品位のものが含まれていた疑いが生ずるのであるが、被告人宮内の別表(ハ)の2ないし14の各取引の関係者である被告人宮内、前記劉及び前記西依は、いずれも右各取引について何らの記録を残しておらず、同人らの記憶と被告人宮内の下位取得者らの帳簿の記載から認められるそれらの者との取引の存在とに基いて右各取引を割り出したにすぎないことや被告人宮内の当審公判廷における供述記載によれば、同被告人は、本件当時、前記洪及び前記何以外にも金地金の仕入先があつたことも窺われることなどに徴すると、むしろ右前者の可能性の方が強いと考えられるのであつて、しかも、本件各取引金地金のいずれがそのようなものかを判別すべき確証はないのである。そして、原判決の本件各金地金の関税賍物性の認定の基礎となつている右各取引がいずれも香港からの右洪又は右何と直結する経路によるものであることが右のように認定できないとすると、右各金地金につき原判示のような関税賍物性についての推認はできない。

そして、被告人直井らの別表(ホ)の番号1ないし3、被告人岩川の別表(ト)の番号1ないし9の各金地金の関税賍物性については、これを証すべき証拠は他に存在しないから、これらもまた認定するに由ないものである。

それで、その余の論旨に対して判断するまでもなく、これらの公訴事実につき犯罪の証明があるとして有罪の言渡しをした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。

3  それで、各論旨のうち、中藤弁護人らの控訴趣意中被告人宮内の原判示第三の別表(ハ)の番号1に関する事実誤認の主張は理由がないが、その余の以上の点に関する各論旨は、いずれも理由がある。

(二)  大槻弁護人の控訴趣意各論中、第一、第三及び第四点の被告人岩川の原判示第七の二の別表(ト)の10及び11の各事実に関する主張について(原判決図表H関係)

論旨は要するに、原判決は、原判示第七の二のとおりの事実を認定し、有罪及び無罪の理由第八の一において、被告人岩川は、八木柱〓及び筒井真六(以下八木らという。)から、同人らが村山和良から取得した金地金(別表(ヘ)の番号1及び2)を買受けた(別表(ト)の番号10及び11)旨認定しているが、本件各金地金の取引経路を右のように認定したこと並びに右金地金の関税賍物性及び同被告人のこの点の知情につき積極に認定したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認を犯したものであるというのである。

そこで、所論にかんがみ、記録及び原審証拠を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ検討すると、

1  まず、原判決が、有罪及び無罪の理由第八の一において、本件金地金の取引経路が右原判示のとおり認められる旨判示し、同第八の二の(二)において、被告人岩川の検面調書(43・3・6、一四枚綴分)、八木柱〓の検面調書(45・12・11、一七枚綴分)謄本及び原審における証言、筒井真六の検面調書(45・12・9)謄本及び原審における証言並びに和田友之の検面調書(45・12・8)謄本の内容を仔細に検討したうえ、被告人岩川の右検面調書が十分信用できるものであつて、これらの証拠により、本件各金地金にジヨンソンマツセイの刻印が存したことが認められる旨判示している事実認定は、肯認することができる。

そして、右認定に反する被告人岩川の原審及び当審各公判廷における供述並びに同記載は、前掲各証拠と対比して到底措信できない。

なお、原判決が有罪及び無罪の理由第八の二の(二)(二六九頁)において、「和田友之の検面調書(45・12・8)末尾添付の筒井真六が徳力金属研究所で金地金を圧延加工した年月日及び数量等を示す一覧表には、昭和四三年一月二二日、二四日、二七日、三一日各一〇キログラムの金地金が圧延されたとの記載がある」旨、一見すると、本件各金地金取引の時期と右圧延加工の日がずれているようにみえる判示をしているが、右供述調書を仔細に検討すると、右一覧表の年月日の記載は、圧延加工をした日ではなく、圧延加工料の入金年月日であることが明らかである(原審記録五一分冊六三〇丁)から、必ずしも右のように時期のずれはない。

そして、控訴趣意各論第一点の各主張については、前に判断を示したので、その余の主張について検討すると、所論は、本件各金地金代金にあてるべき金員を銀行から払戻しを受けたことが明確でないから、右取引の存在にも疑問があり、また、被告人岩川の捜査官に対する供述に変遷があり、そのうち信用できるのは同被告人の員面調書(43・2・28)であり、右調書によると金地金にジヨンソンマツセイの刻印があつたのは別表(ト)の番号12だけであると認められ、さらに、被告人岩川の取調べに当つた警察官仲尾保夫の同被告人に対する取調べが苛酷であること及び同巡査の種々の非常識な行動から考えて、同被告人の前記検面調書の任意性や信用性に疑いがあり、前記八木、筒井及び和田の各検面調書並びに右八木及び筒井の原審証言に信用性はない旨主張するが、右各所論にかんがみ検討しても、右各所論を採用するには足らない。

2  つぎに被告人岩川の本件各金地金の関税賍物性についての知情については、原判決が有罪及び無罪の理由第一一においてこれが認められる旨判示するところは肯認することができ、とくに、本件各金地金には前認定のようにジヨンソンマツセイの刻印が存し、被告人岩川の前記検面調書によれば、同被告人は右事実を見ていることが認められることに徴すると、右結論が正当であることは明らかであり、所論は、右と異なる前提に立つて右認定を非難するもので、採用できない。

3  したがつて、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるとは認めることができない。

それで、論旨は、いずれも理由がない。

四  結論及び自判

以上要するに、原判示第三、第五及び第七の一の各事実中、同判示第三の別表(ハ)番号1の事実を除くその余の事実については、事実誤認があり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、刑訴法三九七条一項、三八二条により、被告人今井貞吉、同宮内、同直井及び同岩川につき、原判決中各有罪の部分を破棄し、同法四〇〇条但書により、さらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

第一、被告人宮内は、石原瑞と共謀のうえ、昭和四一年一一月八日ころ、東京都港区芝公園六号地の三(株)芝パークホテルにおいて、洪秀芬から、他人が税関の許可を受けないで輸入した金地金五キロを、その情を知りながら、代金三〇〇万円で買受けて有償取得し、

第二、被告人岩川は、非鉄金属の売買等を目的とする室町金属(株)の代表取締役であるが、同会社の業務について、原判示第七の別表(ト)の番号10ないし12記載のとおり、昭和四三年一月中旬ころ三回にわたり、東京都千代田区神田東松下町一一番地の同会社事務所において、八木柱〓及び筒井真六から、他人が税関の許可を受けないで輸入した金地金合計三〇キログラム(一回あたり各一〇キログラム)を、その情を知りながら、代金合計一、八九〇万円(一回あたり各六三〇万円)で買受けて有償取得し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人宮内及び同岩川の判示各所為は、それぞれ関税法(ただし、被告人宮内については、昭和四二年法律一一号附則八条により、同法による改正前の関税法、被告人岩川については、昭和四七年法律六号附則三項により、同法による改正前の関税法をそれぞれ指す。以下同じ)一一二条三項(ただし、被告人宮内については、さらに共謀の点につき刑法六〇条)に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人岩川の判示各罪は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重いと認められる判示第二の別表(ト)番号10の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、右被告人両名をそれぞれ主文掲記の刑に処することとし、同法二一条を適用して、被告人宮内に対し、原審における未決勾留日数中五〇日をその刑に算入し、同法二五条一項により右被告人両名に対し、この裁判確定の日から二年間いずれもその刑の執行を猶予することとし、右犯罪に係る貨物である判示の各金地金は、すでに処分されてその所在が判明しないため没収することができないので、関税法一一八条二項により、前掲各証拠によつて認められる右金地金の右犯行時の価格(国内元卸売価格)である一グラム当り六六〇円の割合で算定した金額である金三三〇万円を被告人宮内から、同じく金一、九八〇万円を被告人岩川からそれぞれ追徴すべきところ、被告人宮内については、共犯者である石原瑞から右金額を上回る三五〇万円がその確定判決による追徴金の一部として、被告人岩川については、本件と同一の金地金を保管した村山和良から一〇万九、〇〇〇円がその確定判決による追徴金の一部として、また本件と同一のものを含む金地金を有償取得した八木柱〓から四五万三、〇〇〇円がその確定判決による追徴金の一部としてそれぞれ納付済であることが八木柱〓に対する昭和四六年七月二三日宣告の判決謄本、検察事務官作成の同人の前科調書、検察事務官作成の昭和五八年三月九日付「関税法違反被告事件確定者の追徴金納付状況調査について(報告)」と題する書面及び大阪地方検察庁徴収主任俵谷素司作成の関税法違反事件(確定者)の追徴金納付状況一覧表(昭和五八年三月一〇日現在)により認められるから、被告人宮内に対してはもはや追徴はしないこととし、被告人岩川に対しては右納付済分を差引いた金一、九二三万八、〇〇〇円を追徴することとし、原審及び当審における各訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により、被告人らに負担させない。

なお、本件公訴事実中、主文第三項掲記の各事実及び被告人今井貞吉及び同直井に対しては、原判決が有罪とした全事実については、すでに説示したとおり、その犯罪の証明が十分でないから、刑訴法三三六条後段により、いずれも被告人らに対し無罪の言渡をすべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例